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名古屋地方裁判所 昭和46年(タ)137号 判決 1975年12月24日

原告

甲野太郎(仮名)

昭和四〇年五月一日生

右法定代理人親権者母

甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士

小久保義昭

国籍

アメリカ合衆国

被告

バート・ジョンソン(仮名)

生年月日不詳

主文

一、被告と原告との間に父子親子関係の存在しないことを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(請求原因)

1  原告の母甲野花子(花子は日本国民である)と被告とは、名古屋市において昭和三八年五月一日婚姻してその旨を同市中区長に届出で、同市において夫婦生活をしたが、被告は同年一二月頃所在不明となつてしまい、現在まで同様の状態が続いている。

2  花子は、昭和四〇年一月頃被告を相手どり名古屋地方裁判所に被告の悪意の遺棄を原因とする離婚請求の訴を提起し、同年六月一四日右請求を認容する判決をえて、同判決はその頃確定した。

3  花子は、昭和三九年六月頃からデンマーク国籍の男性カカトニデールと性的交渉を持ち、その結果昭和四〇年五月一日原告を出産した。

4  その後、花子は原告の肩書住所地において原告を養育し、現在にいたつているが、右のとおり、わが国法上原告は花子と被告との婚姻中の出生子として被告の子たる推定をうけているので、本件確認の裁判をえて、その結果日本人たる母花子の非嫡出子としてその出生のときから日本国籍を有していたものとして花子の戸籍に入籍したいのであり、よつて、本訴に及ぶ次第である。

二、被告は、公示送達による呼出をうけながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書等も提出しない。

三、証拠関係<略>

理由

一まず、本件につきわが日本国の裁判所が国際的裁判管轄権を有するかどうか、すなわち、わが国の民事裁判権が本件に及ぶかどうかについて検討するに、この点についてはわが国の法律に直接の明文の規定がなく、また、明確な国際法上の原則も未だ確立されていないから、専ら条理に従つてこれを解決するほかはないところ、本件におけるような親子関係訴訟事件においては、被告とされたものの住所が日本にあるか、又は、当事者の一方たる子の住所が日本にある場合には、右事件につきわが国の民事裁判権が及ぶと解するのが相当である。

蓋し、前者については被告の便宜、つまりは訴訟における双方の平等公平の見地から、後者については親子関係事件における子の利益保護の要請から、そしてその双方のいずれの場合においても右の点を肯定的に解することが条理に沿うゆえんであると考えられ、なお、わが民事訴訟法第一条、人事訴訟法第二七条の各規定の趣旨も右の解釈を間接的ながら支えるものであると思料されるからである。

そして、本件において原告たる子の住所がわが国にあることは後記三に認定するとおりであるから、本件につきわが国の民事裁判権が及ぶというべきである。

二次に、本件の特別管轄権の問題、すなわち、国内的裁判管轄の問題について考えるに、本件のような親子関係存否確認の訴につき右の管轄を直接に定めている規定はみあたらないから、この訴に最も類似する訴につきそれを定めている人事訴訟法第二七条の規定を本訴に類推適用すべきであると解すべきところ、本件において原告たる子の住所がその肩書住所地にあることは後記三に認定するとおりであるから、本件につき当裁判所が専属的に国内的裁判管轄を有するとみるべきである。

三進んで、<証拠>を綜合すれば、本件請求原因1、2、3の各事実、および原告の母花子が原告の出生以来原告の肩書住所地において原告を養育し現在にいたつていることを充分に認定することができ、これに反する証拠はない。

また、右認定事実からすると、原告が本件請求原因4で主張するとおり、わが国法上、原告が被告の子たる推定をうけていること、従つて、原告において本件確認の裁判をうることができれば、原告は母花子の非嫡出子としてその出生のときから日本国籍を有していたものとして花子の戸籍に入籍しうるものであることを首肯することができ、この点において本件における確認の利益を肯認することができる。

四そこで、本件の準拠法の指定について検討するに、本件においては被原告間に嫡出親子関係はもとより非嫡出親子関係もないこと、すなわち、実親子関係そのもののないことが主張されているところ、一方、わが法例第一七条は嫡出親子関係成否の問題の準拠法の指定についての規定であり、他方、同第一八条第一項は子の認知の要件の問題を含み広く非嫡出親子関係の成否の問題の準拠法の指定についての規定であると解されるのであり、他に、本件の問題たる実親子関係そのものの存否の問題につき、これに正確にあてはまつてその準拠法を指定する法例の規定は見出し難い。

しかし、本件の問題をさらに実質的に考察すると、本件においては被原告間に推定されるべき嫡出親子関係を前提とし、しかし、実際には被原告間に自然的血縁関係がありえなかつたこと、そしてこのことを理由として右の推定を打破り、被原告間に実親子関係のないことが主張されているのであるから、右の理由が証明されて右推定が覆えされ右の嫡出親子関係の不存在が確認された場合には、このことはとりもなおさず被原告間の実親子関係の不存在も同時に確認されたことになるのであつて、この関係に思いをいたせば、本件の問題を、嫡出性の推定の問題、この推定を覆えし、嫡出性を否認することに関する問題としてとらえれば十分であり、従つて、本訴請求にかかる親子関係の存否の点に関する準拠法の指定については法例第一七条の規定を類推適用すれば十分であり、かつ、これをもつて足りると解するのが相当である。

五ところで、前記三の認定事実からすると、原告の出生当時におけるその母の夫はアメリカ合衆国人たる被告というべく、また、アメリカ合衆国は州により法律を異にし、かつ、同国の準国際私法(すなわち、州際私法)上、人の家族関係上の身分(domestic status)についてはそのものの住所地の法によつて律せられることになつているところ、前出<証拠>によると、被告は現在住居不明である(また、その本源住所地を確認しうる資料はない)が、同国における最後の住所をハワイ州ホノルル市に有していたことを窺知できるから、わが法例第一七条、第二七条第三項により結局本件嫡出親子関係の問題についてはまずハワイ州法によるべきことになる。

六そこで、反致の問題について調べてみるに、同国の国際私法上、一般に、嫡出親子関係の問題は、子の出生時における右親子関係が問題とされている親の住所地法によることになつており、ハワイ州法もこれの例外ではないのであるが、前記三で認定したように、原告出生当時、被告の住所はすでに不明であつたのであるから、本件における右問題につき、わが法例第二九条による反致を認めるに由がない。

七そこでハワイ州法をみるに、同法によると、妻の合法的な婚姻中に懐胎若しくは出生した子は夫の嫡出子と推定されること、しかしこの推定は、その妻が懐胎時に夫と別居していた場合等夫との性的交渉が合理的に推認されるべき情況が存在しない場合には、証拠により覆えされうることになつている(たとえば、Mcmllan v. Peters(1928)30 Haw. 574; Godfrey v. Rowland(1905)16 Haw. 377)ので、この法を前記三で認定した本件事実関係に適用すると、被原告間には嫡出親子関係が推定されるべく、しかし、この推定は被告の所在不明により覆えされるべきものであることが分り、このことと右事実関係とからすれば、被原告間には嫡出親子関係も、実親子関係もないというべきであり、この不存在確認につき確認の利益(この利益はもとより手続面の問題としてわが法廷地法の下でこれが認められれば足りる)が認められることは前記三で説示したとおりであるから、本訴請求は正当としてこれを認容すべきである(なお、嫡出親子関係の存否の如き問題については、ハワイ州におけるのを含めてアメリカ合衆国においては一般にいわゆる個別主義の訴訟形態がとられるのが通常であり、わが国においては本件のようにいわゆる包括一元主義の訴訟形態がとられるのが通常であつて、この点に差異があるが、かかる訴訟形態の異同は手続的側面の問題として法廷地手続法に優位を認めて調整処理をすれば足りると解すべく、従つて、本訴につきわが法廷地法の下において前記のようにその(包括一元的な)確認の利益が認められるかぎり、右の異同は本訴請求を認容する妨げとはなりえない。)。

八よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。 (海老塚和衛)

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